6月4日 ウラジオストック出発
ロシア太平洋艦隊本部前
二泊三日の船旅から解放されロシアへ入国。
ロシア国内をバイクで走るには、その車両の通関
と運転許可証が必要だ。しかし私のBMWの年式
が古いので税関が疑問を抱き、直ぐに許可が下り
ず丸一日足止めをくった。日本の登録証明書は
西暦でなく平成で表示されているからだ。
そのため現地の日本領事館職員が呼び寄せられ
これを説明してくれて、やっと許可証がおりた。
早速保税倉庫にバイクを取りに行く。
倉庫係から10ドルの賄賂を請求された。それは彼
のポケットへと消えたが、夕方だったので時間外手
数料だと納得する事にした。
ウラジオストックの道路は、舗装しているけど恐ろ
しいほど悪い。いたる所に穴や段差があり、落ちる
と二輪車は致命的でとても恐い。だから二輪車は
滅多に走っていない。一度完成した近代的都市が、
崩れはじめているような街だ。
ウラジオストックの地図を買ったけど、ハバロフス
クへ出る道がわからず、間違えて、まちがえて、
やっと幹線道路へでる。幹線道路の道は良くなる。
ハバロフスクへ向かう道路にて
 ハバロフスクへしばらく走ったところで、一休み。
交通量も減少し、時々車が猛スピードで追い越し
ていく。午前中は手が冷たく、少し寒さを感じた。
日本に比べてとにかく空が広い、四方八方地平線
が見え180度が空だ。私の住む大分とは全く違う。
空気が澄んでいて奇麗だから、ズーッとズーッと先
の地平線に沈む空模様までが分かるのだ。
途中のマートで、トラックの運転手がパンをご馳走
してくれた。しばらく走って前のトラックを追い越す
と運転手が手をあげた。その時の運転手だった。
ウラジオストックから、ハバロフスク迄の積算計は、
832kmであったが、途中オートバイ23台を見た。
その内の17台はサイドカーだった。ロシアでのサ
イドカーは生活の足か又は運搬用が主な目的だ。

ガソリンスタンドは心配ない。結構ある。 
少ない所でも、100キロに1店は有る。
                                          
マート前で遊ぶ無邪気な子供達
写真は夕食のため、ミネラルウオーターと、リンゴ
とバナナを買ったマート前。
バイクを止めると、決まって近くの大人や子供が集
まってくる。この写真の子供の一人は、たばこを吸
っていた。
店のおやじは、私が「ドーブリィ ジェニー」
こんにちは、と言ってもニコリともしない無愛想な人だ
ったが、代わりに店員の娘はすごく愛想が良かった。
買ったミネラルウオーターは、炭酸入りで失敗した。
屋根の上では、母親がペンキ塗りをしていた。
ロシアの男性は怠け者だが、女性は働き者だと聞い
ている。
検問所のポリス
しばらく進むと、はるか彼方の雲か又は霧の上に
突き出た、異様に高い3本の煙突が見えた。
近づくと、何かの工場だった。近くの村から従業員
らしき人たちが、徒歩で延々と集まっていた。
所々には小さな村や町がある。その出口、入り口に
は必ず警察の検問所があり、ゲートもある。
この工場の先で初めて止められた。写真はその時
のもので、幸いにも噂で聞いていた賄賂は請求され
ずに済んだ。右の警察官の脇には自動小銃が下げ
られていたが、きわめて友好的に処理してくれた。
しかし、日本の国際運転免許証はもう少し小さい
カードに出来ないのか。大きくて携帯に不便で時代
遅れの感がする。実際この先の警察官に「これじゃ
ない、免許証はこのようなカードのはずだ」と自分の
免許証を見せてくれた。ロシア人の大半が英文の
国際免許証を読めないのが一因している。