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| ロシア太平洋艦隊本部前 |
二泊三日の船旅から解放されロシアへ入国。
ロシア国内をバイクで走るには、その車両の通関
と運転許可証が必要だ。しかし私のBMWの年式
が古いので税関が疑問を抱き、直ぐに許可が下り
ず丸一日足止めをくった。日本の登録証明書は
西暦でなく平成で表示されているからだ。
そのため現地の日本領事館職員が呼び寄せられ
これを説明してくれて、やっと許可証がおりた。
早速保税倉庫にバイクを取りに行く。
倉庫係から10ドルの賄賂を請求された。それは彼
のポケットへと消えたが、夕方だったので時間外手
数料だと納得する事にした。
ウラジオストックの道路は、舗装しているけど恐ろ
しいほど悪い。いたる所に穴や段差があり、落ちる
と二輪車は致命的でとても恐い。だから二輪車は
滅多に走っていない。一度完成した近代的都市が、
崩れはじめているような街だ。
ウラジオストックの地図を買ったけど、ハバロフス
クへ出る道がわからず、間違えて、まちがえて、
やっと幹線道路へでる。幹線道路の道は良くなる。
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| ハバロフスクへ向かう道路にて |
ハバロフスクへしばらく走ったところで、一休み。
交通量も減少し、時々車が猛スピードで追い越し
ていく。午前中は手が冷たく、少し寒さを感じた。
日本に比べてとにかく空が広い、四方八方地平線
が見え180度が空だ。私の住む大分とは全く違う。
空気が澄んでいて奇麗だから、ズーッとズーッと先
の地平線に沈む空模様までが分かるのだ。
途中のマートで、トラックの運転手がパンをご馳走
してくれた。しばらく走って前のトラックを追い越す
と運転手が手をあげた。その時の運転手だった。
ウラジオストックから、ハバロフスク迄の積算計は、
832kmであったが、途中オートバイ23台を見た。
その内の17台はサイドカーだった。ロシアでのサ
イドカーは生活の足か又は運搬用が主な目的だ。
ガソリンスタンドは心配ない。結構ある。
少ない所でも、100キロに1店は有る。 |
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マート前で遊ぶ無邪気な子供達
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写真は夕食のため、ミネラルウオーターと、リンゴ
とバナナを買ったマート前。
バイクを止めると、決まって近くの大人や子供が集
まってくる。この写真の子供の一人は、たばこを吸
っていた。店のおやじは、私が「ドーブリィ ジェニー」
こんにちは、と言ってもニコリともしない無愛想な人だ
ったが、代わりに店員の娘はすごく愛想が良かった。
買ったミネラルウオーターは、炭酸入りで失敗した。
屋根の上では、母親がペンキ塗りをしていた。
ロシアの男性は怠け者だが、女性は働き者だと聞い
ている。 |
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| 検問所のポリス |
しばらく進むと、はるか彼方の雲か又は霧の上に
突き出た、異様に高い3本の煙突が見えた。
近づくと、何かの工場だった。近くの村から従業員
らしき人たちが、徒歩で延々と集まっていた。
所々には小さな村や町がある。その出口、入り口に
は必ず警察の検問所があり、ゲートもある。
この工場の先で初めて止められた。写真はその時
のもので、幸いにも噂で聞いていた賄賂は請求され
ずに済んだ。右の警察官の脇には自動小銃が下げ
られていたが、きわめて友好的に処理してくれた。
しかし、日本の国際運転免許証はもう少し小さい
カードに出来ないのか。大きくて携帯に不便で時代
遅れの感がする。実際この先の警察官に「これじゃ
ない、免許証はこのようなカードのはずだ」と自分の
免許証を見せてくれた。ロシア人の大半が英文の
国際免許証を読めないのが一因している。 |
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